第一節 逢魔時 (後)


 先生の家は洋風のしっかりした作りであり、白い壁に囲まれた堅実な様相をしていた。他者の侵入を徹底的に拒むようなこの構造は馴染めないところがある。最初から壁や溝を前提とする事は、先に相手を刺激するような感じがある。海の外から見れば、この国の建築の方が奇怪なのであろうか。
「佐原先生」
 ボタンを押してインターホンに話しかける。ほどなくして先生は戸を開けて姿を見せた。くつろいでいたのかとてもラフな服装。
「おや、恵藤さんではないですか」
「こんな時間にすいません、水を一杯頂けませんか」
「いいですよ、少し上がっていきますか」
 先生は戸を大きく開けて私を中へ入れようとする。
「はい……」
 私は先生に誘われるがままに玄関を上がった。
「毎日の物の怪退治、大変ですね」
「いえ……私の場合は、好きでやっている事です」
「そうでしたね、でもやって頂けているのは有り難い事です。少なくとも私は安心します、感謝していますよ」
「…………」
 家の中はエアコンが適度に効いている。汗だくの身体が快適な空気の中で癒されていく。
「……はぁ……」
 張り詰めた先ほどの空気から解放され、安堵の溜息が漏れた。エアコンも心地好いが、何より先生の近くにいる事で私は安心できる。佐原先生は温厚でとても優しい性格だった。気の流れも落ち着いていて、近付くと私の心身はふわりと柔らかい感触に包まれる。先生の傍にいるのはとても心地が好かった。
「…………」
 でも、良い人間であるが故に私は距離を置くべきなのだとも思う。私は鬼の娘であるから、良くない濁りを先生に与えてしまいかねないのだ。今日もあまり、長居する事はできない。
「シャワーを……浴びていかれた方が良いのでは」
「え……」
 汗だくの私に先生は気付いた。良く見ると衣服が汗で肌に張り付いて、身体のラインあちこち浮き出ていてみっともない。恥ずかしさに思わず顔が熱くなる。肌にくっついたシャツと下着の感触も気持ち悪い。でも……。
「いいえ、飲み水だけで構いません。今日はすぐ帰りますので……」
 先生の好意は有り難いのだけれど、独身の男性の家で裸になるのは抵抗があった。また少なからず私が先生を好いている事が気恥ずかしさを後押しするのだ。私は鬼ではあるけど、少女としての感情を稀に自覚する度に驚く。私も鬼である前に女なのだろうか。それともただ単純に、私がまだ童子なだけであろうか。
「わかりました、どうぞ座って下さい」
「はい」
 洋風の客室に招かれた私は、椅子に座って気を落ち着ける。ずっと歩きっぱなしで張り詰めていた足の緊張がほぐれていく。
 先生は台所の方へ入っていった。先生の凛々しい後ろを虚ろな目で眺めていると、どっと疲れが出て意識がくらりと重くなる。
 頭の中がぼやけていく……とても……眠たい。このまま眠ってしまう事もできる、すぐに眠ってしまえる。ここで座ったまま寝てしまったら先生はどう思うだろうか。どうされるだろうか。きっと優しい先生の事だから私を起こさないようにソファにでも横たえてくれそうだ。先生も男だから、寝ている私を見て少しくらい悪戯したくなるかもしれない。少しくらいなら構わない……先生になら……むしろちょっと嬉しい。寝てみようか……それも……面白そう……かも……。
「お腹を壊すといけないと思ったので、湯ざましにしましたよ」
 ぼうっとおかしな事を考えていると先生が水の入った湯呑を持ってきてテーブルに置いた。先生の柔和な笑顔を見て、はっと我に返る。
「ありがとうございます」
「冷たい水の方が良かったでしょうか」
「いいえ、これで……」
 湯呑に触れるとほんのり温かかった。お湯を入れた後に氷で冷やしたのだろう。水を口に運ぶと心地好い冷たさが喉を潤す。身体の芯から水分が浸透し乾いた神経が元気になっていくのを感じる。先生も自分の湯呑を口に運んで喉を潤していた。
 静かで落ち着いた時間。
 先生は湯呑をテーブルに置きながら口を開いた。
「まだ暑い日が続きますね」
「はい」
「勉強の方はどうですか」
「うぅん、わかりません……」
「特に心配はしていませんけどね。恵藤さんは優秀ですから」
「そうでしょうか」
「鈴鹿さんとは仲が良いのですか」
「だと、思います」
「彼女も勉強ができますからね。巫女の方は厳しい修業を積んでいるので頭も良いのでしょうか」
「シホは努力家っぽいです、私と違って」
「恵藤さんも努力家に見えますよ」
「私は適当です。物の怪退治も好きでやってる事ですし」
「ふむ……前から疑問に思っているのですが」
「はい」
「護法とはどのようにして習うものなのですか」
 先生は右の手を顎にあてて訊ねた。その顔はちょっと楽しそうに笑っている。
「それは……難しいです」
「やはり恵藤さんも厳しい修業を積まれているのですね」
「いえ、説明が難しいんです。私は生まれついた時から護法の童子に憑かれています」
「憑かれて……いるのですか? 護法に?」
「その家に生まれた者は護法に憑かれるのです」
「それは……面白いですね」
 先生は興味深そうに頷いた。
「もしかすると幼い頃に儀式を受けているのかもしれません。でも……よく覚えていません」
「確か御両親は密教の道者でしたか」
「そうだった気がします。昔に別れたので詳しい事はわかりません。生きているのか死んでいるのかもわからないです」
「そうでしたね……やはり聞かない方が良かったでしょうか」
「いえ……何とも思っていません」
 先生はたまに私の駆使する護法について訊いてくる。物の怪や霊の類、オカルトが好きな性格らしい。元々この町の出身ではなく、物の怪が日常的に徘徊する傘馬の町の噂を聞いて引っ越してきたとシホから聞いた。先生が度々、私に話し掛けてくるのも護法に興味があるからであろう。
 私自身に興味があるわけではない。
 そう思うと、ちょっと寂しい感じもした。私は先生が好きだけど、先生は私を護法を使える珍しい生徒という程度にしか見ていないのかもしれない。
「しかし……」
 先生は少し悲しげな表情で私に尋ねた。
「やっぱり家族と別れているというのは……辛い事ですよね」
「普通は……そうだと思います。私の場合、何もないですけれど」
「それは……本当に?」
「本当に何とも思っていないんです」
 別れた両親の事など普段は考えもしないし覚えてもいなかった。そもそも両親がいた事すら信じられない。私は鬼だから捨てられたと言うが、鬼にも親などいるのだろうか。鬼に親がいるとするなら、親も鬼なのではないだろうか。自分が鬼である事を認識する度に親の存在が現実のものとは考えられなくなっていた。自分が母親という人の身体から生まれたという実感を持てない。何より私の出身に関する一切の情報は残されていなかった。自分がどこでどうやって生まれたのかわからない。自分の出生が不明である事の方が、別れた両親がいる事よりも悲しく思える。
「…………」
 先生は私を心配してくれているのだろうけど、そんな事はどうでもよかった。それに先生は自分の過去を私に重ねているだけのようにも思える。確か先生は六年前に奥さんと死に別れているとシホから聞いた。先生にとってその別れは辛いものだったのであろう事は想像に難くない。
「私は……私の親より先生の方が心配です」
「えっ?それはどういう事でしょうか」
「それは……」
 私より先生の方がきっと悲しい思いをしているから。私の心配なんかする必要はないのに。私が先生の奥さんの代わりになれればいいのに。いいえ、それが無理なら……先生の娘になりたい。娘になるくらいは何とかできないだろうかと、いつも思っている。先生の娘になれたら、私はきっと幸福で満たされるだろう。先生とずっとずっとこうして一緒にいたいと私は願っていた。しかしそれが先生にとって幸福な事であるとは限らない。先生は私の事を……どう思っているのだろうか。
「なんでもありません」
 でも、そんな自分の本音を言いだす勇気はまだなかった。今はまだ……先生が気にかけてくれる生徒の立場で十分。それ以上を望むのはおこがましい事だろう。
 好機はきっとやってくる、それを待てば良い。
 私はやっぱり鬼の娘だ。こんな素敵な人を自分の将来の欲望の為に騙している。人の面をかぶった鬼なのだ。
「おや……雨ですね」
「雨?」
「これはこれは、何の怪でしょうか」
「……!」
 先生が興味深そうに窓を眺めている。ガラスには青と赤の濁った水滴が激しく打ちつけられ弾けていた。音がしていない。空は赤い夕焼けのままで雨雲は見られない。どう見てもただの雨ではなかった。
「大丈夫でしょうか」
「あまり害はなさそうな……霊の類だと思います」
 窓を濡らすだけの物の怪のようだった。強い霊気も覇気も感じない。放っておいても今は特に問題はなさそうに感じた。
「でもこれは……見た事がある気がしますね」
「本当ですか」
「引っ越してきたばかりの頃、妻が驚いて私の部屋に駆けこんできましてね。もういなくなった後でしたが窓が真っ黒に染められていたのです」
「という事は……地縛の霊かもしれません」
 地に縛られている霊だとするなら、尚更たいしたものではない。地縛の霊などというものは物の怪の中では脆弱な類である。
「窓の汚れは水で洗い流したらあっさり落ちました」
「このような類は、単に悪戯好きなのか……自分の存在を教えたいかです。気になるようなら退治しますけど害はないと思います」
「それでは後回しで構いません。私は嫌いではないですからね」
 流石に先生はこの程度では怖がりはしない。慣れもあるのだろうけどやはり霊や物の怪が好きなのだ。窓にはまだ水滴が強く打ちつけられている。先生はそれを熱心に見ていた。
「…………」
 しかし今までおとなしくしていた霊が急に現れたのは気掛かりではあった。理由も無しに突然、存在を示す事は珍しい。悪戯好きなのだろうとは思うが、ただの気まぐれな霊ではない気がした。
「……あ……」
 そうだ、シホが慌ただしく結界を張っていたのだった。何かあって物の怪が活発化しているのかもしれない。だとすれば、やはり今日はシホに会っておきたい……。
 私は水を飲み干すと椅子から立ち上がった。
「もういかれるのですか」
「先生、ありがとうございました。今からシホに会わないといけません」
「大変ですね……頑張って下さい、恵藤さん」
「先生も気を付けて下さい。少し物の怪の動きがあやしいので」
「気をつけましょう」
「それでは……」
 部屋を出る際に窓の方を見やると、奇怪な水滴はまだ激しく舞っている。ガラス全体が薄い青と赤の絵具で塗られたように染まって、ところどころは混じり合い黒くなっていた。


 先生の家を出た私はシホの気配を探して町を彷徨った。日が沈み空が夜の漆黒に染まり始めた頃、集合住宅裏の公園で詠唱するシホの姿を見つけた。
「シホ……」
 邪魔をしてはいけないかもしれないと思いつつも私は公園に足を踏み入れた。砂地の中で凛と背を伸ばしてシホは詠唱を続けている。姿は赤と白の鮮やかな巫女の装束、乱れなき長い黒髪が風を透かして流れるように舞っている。

「あ……ヒカリ……」
 詠唱を終えたシホは袖を上げながら私の方へと駆けてくる。その走る様は兎のように軽やかで慎ましい。
「こんばんわシホ。ずっと町を回っていたの?」
「はい、最近は物の怪が増えてきたのでいけないと思いまして」
 彼女の名前は鈴鹿志穂(すずかしほ)
 陰陽師の一族に生まれた女である。私の転入した学校で偶然にも同じクラスだった。性格は物静かで落ち着いており、喋りも大人っぽい。タイキとは幼馴染らしく仲が良い。あの粗暴なタイキとシホの性格が合うとは思えないのだけど……。
「…………」
 間近で見るシホは驚くほど小柄である。実際、シホは私の居るクラスの中で最も背丈が小さい。落ち着いた振る舞いと見目麗しい外観に反してその小柄な体格はやや奇妙な感じを覚える事もあった。しかしそれがシホの魅力でもある。手の中に収まりそうなほどの大きさの極めて精巧に完成された人形のように、小さな空間に幾つもの美しさが凝集されている。
「はぁ……ふぅ……」
「シホ……」
「少し……疲れたかもしれません」
 肩を揺らして切なげに息を吐くその仕草までもが果敢無げで美しい。シホの麗しさと可愛らしさには思わず心を奪われる……。そっと抱き抱えて部屋に持って帰りたい衝動を抑えざるを得ない。とにかく今は……聞かないといけない事がある。
「何かあったの?」
「よくわかっていません……でも、異なる流れを感じます」
「それは……いったい」
 私には特に奇異は感じられない。確かに先ほどの物の怪、先生の家の霊などは少々おかしなものがあったが。
「強い念が流れているとも感じられます」
「強い念?」
「物の怪がその念に刺激されて動きを荒げているのかもしれません」
「その念って?」
「まだ……わかりません」
 シホは一族の中でも高い術者であると聞いている。物の怪の動きにも敏感なのであろう。原因はわからずとも、シホの認識に間違いがあるとは思えない。
「珍しい事なのかな」
「最近ではあまり、目立った動きもなかったようです。ええと、私が生まれる前……といっても半世紀も前の事ではありません。物の怪が町の外にまで氾濫して大変な時期があったと聞きます」
「同じような事になると」
「祖父はそれを懸念しております、だからこうして結界を張っていたのです」
「シホひとりでは大変そうだけど。他にできる人はいないの」
「父や他の術者も昼の間に回っていました。でも……私の方が堅固な線を練る事ができます」
「…………」
 ここの陰陽師も頼りないと思った。年齢を重ねると法の力は衰えるらしいが、シホに劣る者達しかいないとは。それとも……シホの力がそれだけ高いという事なのか。傘馬では巫女の修験は二十歳で終えるのが普通であるらしいが、シホは十五で修験を終えたらしい。おそらくは驚異的な能力の持ち主なのであろう。シホは身体的にも優れており、体育の授業などで時折その一端が垣間見える。見た事はないが素手で石壁を叩き割る程度の事は出来るらしい。おそらくは並の男がシホに襲いかかっても返り討ちになるだけであろう。私でもシホを叩き伏せるのは難しいに違いない。
「でも……結界を強めたのは逆効果であったかもしれません」
「え?どうして?」
「結界は物の怪の動きを封じますが、一方で結界の波動が物の怪を刺激します。堅固な線で張られた結界であるほど生じる波動は激しくなります」
「…………」
「強い念を持つ物の怪を逆に目覚めさせてしまうかも……」
「そんな強い物の怪がこの町にいるの?」
「昔は……結界の通じない危険な物の怪も徘徊していたと聞いてます」
「……例えば?」
「天狗、反魂、高位の化身、疫神、鬼神の類でしょうか」
「鬼……」
 そう、鬼に生半可な結界は通じない。特に人に近い存在であるほど……そんなものは意味を為さないだろう。私などはこうして結界の存在すら無視できるほどなのだから。
「…………」
 でも……本当にそんな厄介な物の怪が傘馬にいるとは感じられなかった。まだここに来てから一月程度ではあるが、急に現れては人を驚かして終わる程度の念度の低い物の怪にしか遭遇した事はなかった。先の朱の盤、火車、巨虫の類とて人間に危害を加えられるほどのものではない。人間とは彼ら自身が思っているよりも強い存在なのである。現世において生者とはそこに居るだけで死者よりも優位にあり、何故なら死者は存在が認められていないのが現世であるから。生者が念じるだけで脆弱な霊などは消え去ってしまう。ほとんどの物の怪などは実際、その程度のものなのだ。傘馬に住む人々でそれを理解している者は少ないようではあるが、何となしに物の怪はさほど恐れるものではないという程度には皆感じているのであろう。そうでもなければ、このような町に長く棲める筈もない。
「ヒカリ……私が町を回っている事は誰から聞いたのでしょうか」
「タイキが、さっき教えてくれたの」
「お兄様?今日も逢魔時を歩いてたのですか?」
「あ、うん……そうみたいね」
 シホとタイキは幼馴染であるらしい。よほど慕っているのか、シホはタイキの事をお兄様と呼んでいる。実の兄ではない、兄として一緒に育てられたわけでもない。ちなみにシホもタイキの素性はよく知らないらしい。どこに住んでいて、普段何をしているのか……シホもわからない。
「危険かもしれないのに……お兄様に何かあったら……」
「タイキなら大丈夫でしょ、強いじゃない。さっきだって戻り橋の大きさくらいありそうな虫を風刃で……」
「お兄様は天狗に術をちょっと教わっただけですから。私のように専門の法術を習ったわけではないし」
「そうかな……タイキの狗法はかなりのものだと思うけど……」
「でも、私は心配です。ヒカリ……お兄様に次に会ったら言っておいてもらえますか。私が言ってもお兄様は真面目に聞いてくれないのです」
「私が言っても同じなんじゃ……ないのかなぁ」
「お兄様……危ないのに……。私がいつも守ってあげられるとは限らないのに……」
「……シホ……」
 どうしてあんな得体の知れない男をお兄様などと親しげに呼べるのか私にはわからなかった。それにシホはタイキを異性としても好いている感じがする。タイキの事になるとシホの表情は明らかに変わるのだ。落ち着いた大人びた表情ではなく、子供のような惑いを帯びた表情に。はっきり言ってしまえば恋する少女の顔だった。タイキがどう思っているかはわからないけど……シホはなんであんな奴を……。
「……むむ……」
 ますますタイキが憎いと思った。可愛いシホをタイキに奪われるのは嫌だった。私はシホとずっと一緒にいたいし、シホともっと密接な関わりを持ちたいとすら欲してる。今すぐにでもシホの小さくて福与かな身体を包み込んでひとつになりたい。いつかその清楚で麗しいシホの唇くらいは頂いてやろう。私が男だったなら、シホを何の躊躇いもなく押し倒しているのに……。とにかくタイキにだけは奪われたくはない。シホは絶対にタイキから守り切ってやると私は決心した。
「ヒカリ?……どうかしました?」
「なんでもない、もう結界を張るのは終わったの?」
「今日は日も落ちてしまったのでここまでにしておきます。また明日、続けます……」
「シホ、私に手伝える事はないかな」
「ヒカリ……手伝って頂けるのですか?」
「結界を張るのは難しそうだけどね、何かある?」
「では、その……物の怪の念が強いところを探ってもらえないでしょうか」
「念が強いところ?」
「先にも言いましたが……結界を強める事は物の怪を刺激する事にもなり、根本的にそれだけでは解決になりません」
「そっか……」
「原因を突き止めて、対処できれば良いのですけど。ヒカリは護法を使えますから、念の流れを辿れるでしょうか」
「ん……わかった、やってみる」
「宜しくお願いします、ヒカリ」
 護法の童子は物の怪の気配に敏感で、私が寝ていても近くを通ったら逃さない。念の強い場所が近くにあればきっとわかるだろう。
「手当たり次第、町を回ってみるしかないか」
 これ以上シホに大変な思いはさせたくない。できる事なら私の手で元凶を潰してしまおうと思った。
「ではヒカリ……帰りましょう。今日はとても暑くて歩いているだけで疲れました……」
 良く見るとシホの身体も汗だくだった。額から汗が滲んで、首筋も少し赤くなっていた。装束のあちこちが湿ってところどころ透けている。
 透けて……いる……?
「シホ……下着……つけてないの?」
「装束の下には普通つけません」
「でも……そんなの男の人に見られたら……」
「恥ずかしいですけど……仕方ないです」
「仕方ないって……」
 シホの性格がおかしいのか、それとも修業を積んだ巫女というのはこのように達観してしまうものなのだろうか。今日、シホは学校が終わってからずっと町中を回っていた。透けた装束から浮き上がるその綺麗な身体を見た男達はきっと沢山いるだろう。駄目、そんな事。とても許せない。そうだ、私と会う前にタイキもシホと会っている。という事はタイキも見ているのか。
「なんて事……!」
「ヒカリ?」
「うぅ……なんでもない……けど。下着くらいはつけた方がいいと思うの」
「やっぱりそうでしょうか……でもしきたりですので」
「…………」
 学校が終わったらすぐにシホを探すべきだった。そしてシホを男達の視線から守ってあげないといけなかったのだ。私は今日の自分の行動を激しく後悔した。
 明日はすぐにシホを探そう……。
 夜道をシホと一緒に歩きながら、私は明日の逢魔時をどのように回るか考えを巡らせていた。


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